2011年9月11日日曜日

特:大震災から半年:悲劇のフクシマ  相馬魂

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● そうま魂


 今日はあの3月11の東日本大震災から6ケ月目になる。
 復興も徐々に進んでいる。
 こういう復興は時間のかかるものだ。
 政治的に今日明日ですむものではない。
 なにしろ、とんでもないスケールの災害。
 なんとか先が見えるなるのに数年、大概のところは終わったと言えるまでに10年はかかるだろう。
 また、東京大地震の予測が後ろに控えている。
 東日本はあるかない不明の大地震だった。
 それが起こった。
 これに対して東京大地震は確率約9割で起こると言われているもの。
 まず、起こるだろう。
 そして、東京の大半は水没するだろうといわれている。

 日本列島の地面はまだ揺れている。
 この島々に住む人々は、
 技術で自然を克服し経済成長を、などと安易に願うべきではない。
 自然と共生し、先人が努力して獲得した豊かな生活を守り為していくこと、
 自然に折り合いをつけて共にやっていくこと、
それが大切なことだと思う。
 自然を制御できるなどというのは、人間の思い上がり以外のなにものでもない。

 現時点で死者・行方不明数は約2万人。
 両親をあるいは片親を失った子どもも大勢いる。
 彼らに対して色々な人がいろいろな組織が援助の手を差し伸べている。
 「東日本大震災孤児支援」というキーワードで検索してみた。
 広く知られているのが「あしなが育英会」。
 また安藤忠雄氏をはじめとするメンバーが立ち上げた「桃栗育英基金」などもある。

 地方自治体では、福島県、宮城県、岩手県の地震被害地に当たる機関が基金を設立している。
①.福島県:東日本大震災ふくしまこども寄附金
②.宮城県:東日本大震災みやぎこども育英募金
③.岩手県:いわて学びの希望基金

 驚くべきことにこの中に混じって、唯一、
 市レベルで孤児支援基金を立ち上げ

ているところがある。
 福島県相馬市がそれである。
④.福島県相馬市:相馬市震災孤児等支援金支給基金

 ちっぽけな3万人市政であり、その数は3万7千人ほど。
 それが、県の向こうを張って堂々と孤児基金を立ち上げている。
 壮大な構想である。
 気概がすごい。


相馬市公式ページ メールマガジンNo.251(2011年4月24日号)
http://www.city.soma.fukushima.jp/0311_jishin/melma/20110424_melma.html

震災孤児等支援金支給条例

 被災から40日たって巨大津波の相馬市の被害の全容が明らかになってきた。
 まず、床上浸水以上、つまり津波による流水の前に住人が生命の危機に曝された家屋が1512世帯、住民基本台帳での人口は、前回から修正して5249人だった。
 その中で、今日の段階で死者および行方不明者の合計は475人。
 津波襲来の時にこのうちの何人が被災地にいたのかは不明だが、現段階で死亡者の数が一割を切っていることには、驚きと感謝の気持ちを禁じえない。
 原型をとどめた家屋がほとんどない程の大津波から、9割の住民を避難させたのは地元の消防団員たちだった。
 しかし、その犠牲者数は前回のメルマガ時から3人増えて10人となった。

 磯部地区の方々が集団で避難生活をしている「はまなす館」で、殉職された消防団員のお母上とお会いして首を垂れた。
 息子を亡くした心中を察するに、私は何と申し上げたら良いか?お詫びしたい自分の気持ちをどのようにお伝えすべきか?迷いながら視線を上げた私の前で、背筋を凛と伸ばした彼女は気丈だった。
 「止めたのに、仕事だからと言って避難誘導に向かった。
 やさしくて良い息子だった。
 残した子どもたちのためにも私はしっかり生きなくてはならない」

 殉職した消防団員10人の子供の数は11名、うち18歳未満は9名である。
 社会人として自立する前の子供たちを残して、死んでいった彼らの気持ちを思うと胸が苦しくなる。
 さぞや無念、心残りだったろう。
 多くの市民を助けた代償としても、余りにも重く、辛い。
 相馬市が続く限り、市民は彼らを忘れてはならない。
 我われ残された者たちが、父親の無念の代わりを果たすことなど、とても出来ないことだが、万分の一でもの償いと思い、生活支援金条例を作ることとした。
 遺児たちが18歳になるまで月々3万円を支給するものである。
 全くの孤児となった、あるいは片親だけを合わせ、今回の災害で親を亡くした18歳未満孤児または遺児は、全部で44人にのぼる。
 この子らが成長するまでの経済的負担の一部を、市の責任で担っていくことを市民の総意で決めようと考えている。
 今月の臨時議会にかけ議決を得しだい支給することとしたい。

 財源は、遺児たちのための義援金の基金口座を作ったので、出来れば世界中からの善意をいただきたいと思っているが、不足する場合は市の一般財源で対応する。
 総額は約2億円。
 もしも、義捐金がこれを突破することがあれば、次には大学進学のための奨学金などに充てていきたい。
 その際は条例を改正することになるが、もうひとつの条件は、孤児らに、将来強く生きていくための学力をつけさせることである。
 相馬市の小・中学校は4月18日に遅れた新学期を迎えたが、心配したとおり被災地の子どもたちは、心の傷が学習の障害になっている。
 我われは、臨床心理士と保健師ら常勤6人体制による「相馬フォロアーチーム」を結成し、教育委員会の別働隊として被災児童生徒のサポート体制を敷いた。
 現段階で2年は継続することとしているが、仮に精神が安定した後もしばらくは、学力向上のためにきめ細かな指導を続けてもらいたいと思っている。
 先日、私のメルマガを読んだというフィンランドと英国のテレビ局が取材に来たので、「貴国の友情をこの子らに!」と呼びかけた。
 ゆえに相馬市のホームページの義援金口座ワッペンは英語バージョンも用意した。
 拙稿の読者諸兄にもご賛同いただけるよう、平身低頭。

【相馬市震災孤児等支援金】  
http://www.city.soma.fukushima.jp/0311_jishin/gienkin/tunami_orphan_J.html

 名称:相馬市震災孤児等支援金  
 メールアドレス h-syakai@city.soma.fukushima.jp
 問い合わせ先:社会福祉課(電話0244-37-2171)



 となりの南相馬市では市長の桜井勝延氏(55)が災害の半月後にYoutubeに市長のSOSメッセージを載せている。

2001年3月26日
SOS from Mayor of Minami Soma City, next to the crippled Fukushima nuclear power plant, Japan
http://www.youtube.com/watch?v=70ZHQ--cK40&feature=player_embedded

 ご存じの方も多いが、これが全世界に発信されて、米誌タイムでは4月21日、「世界で最も影響力のある100人」の2011年版に選ばれている。
 現在の再生回数は44万回ほどになっている。


 福島は原発の被害を最も受けているところである。
 放射能の影響があちこちに出ている。
 大災害以降、県民は減り続けて200万人を切り始めたという。
 今、日本の中でもっとも未来の暗い県民といえば福島になる。
 苦難はこれから長い間続くであろう。

 それが故の反発であろうか、「相馬魂」というか、ひたむきというか。
 速報のメッセージを載せる。


相馬市公式ページ メールマガジンNo.253(2011年6月6日号)
http://www.city.soma.fukushima.jp/0311_jishin/melma/20110606_melma.html

被災した子どもたちの将来のために

 お陰さまで、震災孤児・遺児らへの支援金が日本中・世界中から寄せられるようになった。
 中には私が直接お話しをさせてもらって意気に感じていただき、お帰りになってから広く募金運動をしてくださった方もいる。
 また少額ながらも、気持ちですと伝えて来られた方もいる。
 出来るだけ御礼状をと考えているので、口座に送金いただいた場合はメールでお名前とご住所のご連絡をいただきたい。
 もうひとつは、子どもたちが成長した時まで私が生きていたら、お世話になった方々の名簿を一冊の本にして彼らの旅立ちへの花向けにしたいから。

 この震災の復旧・復興作業の指揮を執り続けてきた中で、私自身、大きな勉強をさせてもらった。
 瞼に浮かぶ原釜の、生まれ育った家の周りの温かい光景が、すでに消えてなくなっていることを、現地が変わり果てているぶん納得できず、3か月も経とうとするのに、私は現実を心から受け入れることが出来ないのだ。
 しかし、被災して人生が築き上げてきた全てを失った方々を前に、悲しみや感傷に浸っている余裕など無いから、気持ちに流されないで公務しなければならないことや、冷静に先々の展開を読んで早め早めの手を打っておくことを学習した。
 何より仕事をしている時が一番落ち着くことも分かったし、本当に苦しい時に支援を受ける有り難さも知った。
 こんなにお世話になるほど、私は他人に頭を下げて来なかったから、これからの人生でその分の埋め合わせをしなければと思っている。

 私が本心では、今回の震災の甚大な被害を受け止め切れていないように、悪魔のような津波に追われた子どもたちも、恐怖体験から抜け出せないでいる。
 加えて家族や友達を亡くした虚脱感が、本来あかるく多感であるべき子どもたちの感性をむしばんでいるのだ。
 学校が再開した4月18日以降、対策会議のたびに教育長から被災小中学校の様子を報告してもらっているが、PTSDはやはり深刻である。
 対応策として臨床心理士によるケアを考え「相馬フォロアーチーム」を結成し、きめ細やかな心のケアを始めたのが4月の末だったが、開始後からその仕事量の大さへの対応と継続性をどのように確保するかが課題だった。
 対象は幼稚園から高校生までだから、一人ひとりじっくりとケアをして成長の記録をとどめて、さらに最長15年経過を追うとしたら、人材と財源を長期的にマネジメントしなければならない。

 6月2日、この活動を理念と継続性と、透明性をもって着実に行っていく目的で、NPOとしての設立総会を行った。
 理事長には相馬市教育委員の山田耕一郎先生が、副理事長には立教大学教授で「難民を助ける会」理事長の長有紀枝先生が就任された。
 その他、相馬市内の有識者の方々と、福島から近藤菜々子弁護士が理事になられた。
 法人格を持つことによって相馬市としても支援しやすくなるし、寄付も集めやすくなる。
 何より目的と予算執行の間に客観的な検証を加えることが出来る。
 被災した子どもたちへの支援を長期間しっかりと継続するとともに、彼らの成長過程でアドバイザーになってもらえればとも考えている。

 ところで、このNPO活動は孤児・遺児への支援制度と表裏一体である。
 子どもたちを残して死んでいった親たちの無念に応えるためには、金銭的な支援だけでは足りないと思うので、高校卒業後の高等教育の奨学金の分もと思って世界中に支援を呼び掛けているが、忘れていけないことは、豊かな心と学力が充分に身につくようサポートすることである。
 よって、いずれ体制が整い次第、NPO活動のメニューに学力向上部門を加えてもらおうと考えている。
 そして孤児・遺児だけではなく、被災した相馬市のすべての子どもたちに、支援していただく方々の善意が着実に行きわたり、最も有効に活かされるよう、一同、知恵を絞り努力を傾注していきたい。



 東京には分厚いバカの壁がある。
 「天罰だ」と言ったバカがいた。
 バカに未来はない。
 いい年をした老人がしゃしゃり出て、バカよばわりされるようでは日本の未来はちょっとおぼつかない。
 生きている人のために、相馬魂に光明の一つを求めてもいい。

 いまのところ、東京には明日へ向かう一歩のステップは何も見当たらない。
 すべて現状維持の、既得権保身のみ。
 せいぜいのところウカレ騒ぎを発展としか理解出来ないオリンピックへの執着だけ。
 あらゆる思考がスライム化している。
 液状化精神City。
 沈みゆく東京。
 東京泥地。
 救いの足場が見いだせない都市。
 明日の日本は、東京以外の場所からのスピリットで形作られていくだろう。

 「相馬魂」、この存在は小粒だがピリリと光っている。 
  
 「FUKUSHIMA
 日本の不運のすべてが集約されている地と言っていい。
 明治維新期の屈辱に虐げられた歴史を持つ地。
 そして歴史は再び苦闘をFUKUSHIMAに背負わせようとしている。

 「相馬魂」、未来への気骨。
 ここから投げかけられる一石が明日を切り開く刃になるかもしれない。
 「FUKUSHIMA」が発するメッセージはスライム日本では薄散する。
 しかし、世界はその一挙を注視している。
 「FUKUSHIMA」は世界とつながる道を選択することになるだろう。
 「FUKUSHIMA」と「SOMA」はすでに世界用語にもなっている。 



インターナショナル・ビジネスタイム 2011年9月3日 06時54分 更新

野田新首相、原発を徐々に廃止、「脱原発依存」へ

 野田新首相は正式就任後初の記者会見で、原子力発電所を徐々に廃止していく方針を掲げた。
 野田首相は原発を
 「新たに作るということは、現実的に困難だと思う」
と述べ、
 各原子炉の寿命が来たら「廃炉にしていきたい」
と語った。
 一方、当面のエネルギー需給問題を解決するため、原発への依存度をすぐにゼロにすることは不可能だと述べ、ストレステストなどを経て安全性を確認した原発については、地元の理解を得た上で、再稼動することも必要だとした。



2011年9月9日 テンニュース
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asahi.com 2011年9月9日14時8分
http://www.asahi.com/politics/update/0909/TKY201109090226.html

 鉢呂吉雄経済産業相は9日の閣議後会見で、前日に野田佳彦首相らと視察に訪れた福島県の東京電力福島第一原子力発電所の周辺市町村について、
 「市街地は人っ子一人いない、まさに死の街という形だった」
と述べた。

 経産相は野田首相の発言を引用し
 「福島の再生なくして、日本の元気な再生はない」
とも述べたが、いまだ多くの人々が放射性物質がもたらす健康への被害を懸念し、住み慣れたふるさとをはなれざるをえない状況のなか、原発事故の被災地を「死の街」と表現したことは今後問題になる可能性がある。


 事実は事実だ
 言葉尻を押さえて、天下を獲ったように喜ぶマスコミ。
 マスコミという名のバカの壁。
 「死の町」を再び作らないようにするのが肝心なことだ。
 その死の町をよみがえらせるのが政治の役目だ。
 それに少しでも勇気を与えるのが、メデイアの役目というものだ。



ANNニュース
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毎日新聞 2011年9月16日 東京朝刊

東日本大震災:福島第1原発事故 第2原発、廃炉不可避

 ◇「地元理解得られぬ」

 枝野幸男経済産業相は15日、毎日新聞などとのインタビューで、東京電力福島第1原発事故に関連し、福島第2原発についても「(再稼働に)地元の理解が得られる状況とは誰も思わない」と述べ、廃炉は不可避との認識を明らかにした。
 福島第1原発については深刻な事故を起こした1~4号機に加え、5、6号機も廃炉にせざるを得ないとの考えを示した。

 東電はこれまでに福島第1原発1~4号機を廃炉にすると表明しているが、5、6号機と第2原発の1~4号機については言及していない。

 また、枝野経産相は立地自治体から安全性への不安が出ている老朽化した原発への対応については「原子力政策の見直しのプロセスの中で、なんらかの基準を考えていく必要がある」と指摘。
 専門的な見地や国民の受け止めを踏まえ、建設から一定期間がたった原発については安全性の観点から廃炉にする基準作りに乗り出す考えを示した。
 また、福島原発事故を受けて出ている原発の国有化論に対しては
 「エネルギー政策の抜本的見直しの中で、議論の俎上(そじょう)に載るテーマなのは間違いないが、軽々に結論を出せる話ではない」
と述べるにとどめた。



TBSニュース 2001年9月30日
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