2011年9月16日金曜日

特:謝謝台湾!がんばろう日本! 相馬魂-Ⅱ

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● 謝謝台湾!がんばろう日本! タウンニュースより




日台黒潮泳断チャレンジ2011
http://strongheart.jp/nittai-sc/outline



プロジェクトの趣旨

今回の東日本大震災における台湾からの義援金は200億円を超えています。
その金額の9割は民間の人びとからの寄付金だと聞いています。
私たちは台湾の人びとの温かい気持ちに謝意を示すべく、チャレンジプロジェクトを企画しました。
このプロジェクトは、日本の勇気ある若者達が世界3大潮流のひとつである黒潮を乗り越え、台湾へ渡る前人未踏のチャレンジです。
スイマーは、今回の震災で被災した東北地方からのお礼のメッセージを携え台湾を目指します。
また、台湾側からも泳いでもらい両国のスイマーが洋上で握手をすることにより、日本側からの謝意を示すだけでなく、両国の友好を深め、精神的そして地理的にも近い日台の絆をアピールします。
併せて姉妹関係を持つ台湾東海岸と日本の八重山地方の観光振興にも役立てたいと考えています。

開催地
沖縄県与那国島から台湾・蘇澳(すおう)
実施期間
2011年9月16日(金)~19日(月)
プロジェクト内容
台湾への感謝のメッセージを携え与那国島から5~10名のスイマーがリレーで台湾・蘇澳まで泳破する

実施日
2011年9月17日・18日・19日
(前夜祭を9月16日、記念イベントを9月19日に実施)
予備日程
2011年10月22日・23日




[2011/9/13 提供:RBAタイムズWeb版]
http://sumai.nikkei.co.jp/edit/rba/etc/detail/MMSUa8000015092011/

謝謝台湾!「日台黒潮泳断チャレンジ2011」実行委員会が会見



東日本大震災での台湾からの200億円を超える多額の義援金に謝意を示すために、震災で被災した東北地方からのメッセージを携え、沖縄県与那国島から台湾・蘇澳(すおう)まで約150キロを6名のスイマーが遠泳で渡るという前人未到のチャレンジを行う「日台黒潮泳断チャレンジ 2011」実行委員会の記者会見が9月13日、後援に名を連ねる「台北駐日経済文化代表処」で行われ、実行委員長の松本彧彦氏と5人の泳者(1人は欠席)がチャレンジを行う経緯や意気込みなどを語った。

最初に挨拶した松本氏は、
「3月18日、青年が私のところにやってきて、台湾の支援に感謝する意を表するために台湾まで泳ぎたいと真顔で言った。
『本当かよ』と思ったが、熱い思いを聞くうちにやろうということになった。
その青年が今日紹介するパナソニックに勤務するリーダーの鈴木くんです」
と語り、その後、3度の現地調査、台湾当局などとの折衝、船のチャーター、仲間集めなど経緯を紹介。

「スポンサーがつかずお金の工面も大変だが、何とかもう少しで目標額に達する。
東北三県の知事のメッセージも頂いたし、被災地出身の泳者も最後に決まった。
台湾は大変な盛り上がりを見せている。
黒潮を渡るなど過去にないチャレンジだが、勇気あることを示し、元気がないといわれる若者に刺激を与えたい」
と話した。
「台風が発生しそうな気配だけが心配」と語り、その場合は日程を変更することも考えているとした。
以下、泳者のメッセージ(発言順)。

鈴木一也氏:
20歳代までは勝つことばかり考えてきたが、30歳になってスポーツを通じて何を次代に残すかがキーワードになった。
子どもたちにあきらめないこと、勇気を持つこと、挑戦することの大切さを伝えたいと思っている。
今回は、どこよりも早かった台湾の義援金に衝撃を受け、水泳という手法で両国の国際交流にも貢献したい。
鈴木氏は1979年生まれ。明大卒。
大学までは全国トップレベルの成績を残しており、現在は湘南を代表するオーシャンアスリート。

鈴木敦士氏 :
南相馬には祖母が住んでいる
スポーツを通じて社会貢献したいし、日本を元気にしたい。
鈴木氏は1980年生まれ。
かつては全国トップレベルのスイマー。
東京消防庁に勤務しており、全国消防救助技術大会で3連覇を達成。

石井健太氏:
昨年、52キロを15時間で泳いだ。
2年先輩の鈴木さんから声を掛けられ参加を決意した。
サラリーマンとしても、こうした生き方があることを示したい。
石井氏は1981年生まれ。福岡県出身。
かつては全国トップレベルのスイマー。
今年の「佐渡国際トライアスロン大会」のスイムの部門で断然トップの成績を残した。

清水雅也氏:
国境を越えて、泳ぐことのすばらしさを伝えたい。
清水氏は現在、拓大に在学中。
ライフセービングの世界大会にも出場。 日本チームのエース。

山田浩平氏:
このチャレンジのことは小学生時代の先生から聞いた。
子どもに希望を与え、台湾には感謝の気持ちを伝えたい。
山田氏は福島県相馬市出身。
現在は中大水泳部に所属。




◇     ◆     ◇

6人の泳者のうち山本晴基氏は所用で欠席。
6人はそれぞれ30分交代で45時間かけて目的地に着く予定だ。
鈴木リーダーは
「夜間は、光を照らすとダツという刺されると死傷することもある魚に襲われる危険性があるので、真っ暗な中で泳ぐ。
2時間半後にそれぞれ自分が泳ぐことになるが、食事も仮眠もきちんととり万全の態勢で望む」
と話した。

チャレンジのスタートは9月17日(土)午前5:00で、ゴールは19日(月)午前10:00の予定。
実行委員会はホームページで極力、泳者の状況を伝えるという。



日経新聞 2011/9/9 7:00

なぜ台湾まで泳ぐのか 日台泳断150キロに挑む若者たち

東日本大震災後、世界中から日本に多大な支援が寄せられた。
それに対し、サッカーのなでしこジャパンがワールドカップ会場で「ありがとう」のボードを掲げるなど、日本人は様々の形で謝意を示している。
9月中旬に20~30歳代のスイマー6人によって行われる「日台黒潮泳断チャレンジ」は、被災県知事の感謝メッセージをわざわざ海を泳いで渡しに行く計画だ。
沖縄県与那国島から、200億円超の義援金を送ってくれた台湾まで、なぜ泳ぐのか?

■海に魅せられて

この挑戦の発起人である鈴木一也さんを見るたび、登山家、ジョージ・マロリーの言葉を思い出す。
「(登るのは)そこに山があるからだ」。
鈴木さんの場合、山ではなく海なのだけれど……。

「水の中が好き。静かな水中で耳を澄ますと落ち着く。それが海だとさらに落ち着く」
と話す鈴木さんは大手家電メーカー社員。
神奈川県茅ケ崎市、海まで5分のところに住む。

大学までは競泳選手だったが、卒業後はライフセービングの世界に移った。
しかし、全日本選手権を連覇すると、疑問が生じた。
「人と順位を競うのは何かが違う」

その後、鈴木さんが格闘相手に選んだのは海そのもの。
海は予測不能で、体全体のセンサーを働かせ、万全を期しても簡単にはいかない。
自然ほど、謙虚に敬服の念を抱かせる相手はいない。

2009年、伊豆大島から茅ケ崎まで約70キロを約22時間かけて泳いだ。
夜の海、ライトを照らせば夜行性の海洋生物が寄ってくる。サメも怖いが、ヤリのような口を持つ魚のダツの方が怖い。
潮流を読み間違うと、進もうとしてもなかなか進まない。

見慣れた茅ケ崎の海岸を目前にして、何時間も停留した。
「諦めたくないが、それにしても進まないなあ」。
こういう苦しい状況の中、次への挑戦を思いついたという。

「海は島と島、陸をつないでいる。次は国境を泳いで越えてみたい」

日本最西端、与那国島から台湾まで直線距離で約110キロ。
黒潮が南から北に流れているため、西進しようとすると北に流されるから、一度、南下してから西進するので約150キロが今回の泳断ルートだ。

鈴木さんと、カヌーでサポートする会社員の田口誠さんが現地で何度か試泳したところ、時速3~4キロで泳げることは分かったが、
「潮の流れが速いので全力で泳がないとダメ」
と田口さん。
1人で泳がずに、30分くらいずつ交代で泳ぐことにした。

■2日間かけて150キロを泳ぐ

泳者は鈴木さんほか、消防士、ライフセーバー、自衛隊員、マスターズ水泳などで鳴らした会社員、被災地である福島県相馬市出身の中大水泳部員の計6人。
ほかにも参加希望者はいたが、
「海で20キロを5時間以内で泳げる」
という条件を満たせず断念した人、日程が合わず諦めた人もいるという。

搬送船には与那国島の“海男”真謝喜八郎さんが乗り込み、シャークシールド(サメよけの電流が流れるシート)をつけたカヌーが泳者に寄り添う。
17日朝7時に出発して、19日朝8時に台湾・蘇澳に着く計画だ。

「最初に黒潮の支流約10キロをおよそ3~4時間かけて泳ぐが、そこを抜ければ大丈夫だと思う。
東からの風が吹くと最高。
でも西風が時速9~10メートル以上になったら危険なので中止する」
と田口さん。

ちなみに大島~茅ケ崎間の泳断は09年から3度挑戦して成功は最初の1度だけ。
昨年は台風が直撃、今年の大波は泳ぎやすい環境だったが、伴走の小船が往生し、途中で断念した。

台湾まで泳いで謝意を伝えに行く――。
ワクワクするような冒険だが、突然、見も知らぬ孫のような年齢の青年が電話してきて協力を依頼してきたらどう思うだろう。
戸惑う人の方が多いのではないか。だが、松本●(或のノが3本)彦さんは胸が熱くなったという。

■挑戦を支えるサポーター

元代議士秘書の松本さんは古くから台湾を幾度も訪ね、深い人脈を持つ。
鈴木さんの熱弁に、「今どき、こんな若者いない」と思った。

自らチャレンジの実行委員長に就任。
国内の渡航体制だけでなく、台湾外交部、駐日代表処(領事館に相当)、蘇澳の市長らと交渉し、現地の受け入れ体制を整える陣頭指揮をとった。

そうした働きかけもあり、台湾側も海巡署から戒護船が出るほか、海岸近くからは台湾スイマーも泳いで出迎えて歓迎してくれるという。

クルー、実行委員会……この挑戦を支えるサポーターが次々に集まっている。
勢いは止まらず、王貞治氏、AKB48のメンバーらも応援メッセージを寄せている。
壮行会、前夜祭などのイベントも計画され、「なんだかどんどん大きくなっている」と田口さん。

「海を泳ぐことで、何かメッセージを伝えられるのだろうか?
泳いでいて苦しいときはあるだろ。
そんなとき何を考えてる?」
応援メッセージを寄せる際、元ソフトボール日本代表監督の宇津木妙子さんは鈴木さんに尋ねた。
宇津木さんのぶっきらぼうな口調は、親近感の表れでもある。
しばしの沈黙後、
「何でこんなことしてるんだろう、って」
と鈴木さん。
「その通りさ」と宇津木さん。
この挑戦は仕事でもなければ、何かがかかった試合でもない。

■泳ぐ意味は?

「座禅を組むような、無の境地になれるといいです」
という鈴木さんに、
「そんな簡単になれないよ」
と宇津木さんは苦笑した。
「(折れそうな)自分と戦うだろ。そこを見せてほしい。
生きることは自分と向き合うことだから」

厳しい練習で選手をギリギリまで追い込む。
妥協するか否かは自分次第。そこから生まれる強さを、宇津木さんは知っている。
「地震は自然災害だ。
海は自然だろ」。
そこと格闘するから、見せられるものがあるかもしれない。

出発まで8日、
「泳いで国境を越えたいな」という純粋な思いから始まった日台泳断は、いろいろな勇気も求められる挑戦でもある。
進むか引くかの決断を下す勇気、様々な責任を負う勇気……、
「生半可なじゃできないよ。仲間もみんな真剣勝負だな」
という宇津木さんの目を直視して、鈴木さんたちは「はい」と力強く答えた。





明日朝スタートする。
順調にいけば明々後日の朝には台湾に着くことになる。
ぜひとも成功してほしいものである。
いや、成功しなくてもいい。
なにしろ台風が来ており荒れている。
そのときはまた別の形での「謝謝台湾!」をパフォーマンスしてもらえればいいと思う。

video
● TBSニュース 9月16日



レコードチャイナ 2011-06-16 20:12:02 配信

<中国人が見た日本>日本への義援金、なぜ台湾が世界で最も多かったのか?

2011年6月16日、中国のジャーナリスト、王錦思(ワン・ジンスー)氏はブログに
「台湾はなぜ日本の震災への義援金が世界一多かったのか?」
と題した記事を掲載した。
以下はその内容。

未曽有の大震災に見舞われた日本に、中国を始めとする国際社会が次々と支援の手を差し伸べ、気前よく懐のカネを出した。
だが、多くの中国人にとって想定外だったのは、台湾からの義援金が140億円にも達し、世界で最も多かったことだ。
5月初め、筆者は東京で台湾の友人数人と会い、この件について聞いてみた。
彼らは率直に
「中国本土の文化と比べ、台湾は日本文化に近いからだ」
と答えた。
すべては心からの行動なのだという。

なぜそこまで日本に対する気持ちが強いのか?
それは、李登輝元総統など日本植民地時代の教育を受けたお年寄りがまだ多数活躍していること。
それから、馬英九総統は日本が植民地時代に台湾農工業に与えた「功績」を認めているが、これは多くの台湾市民の心の声を代弁しているという。
これに対し、植民地支配が与えた苦痛は気にしていないようだ。
多くの台湾市民は中国ではなく日本こそが東方文明国家の手本だと考えているらしい。

台湾の人々は日本が大好きだ。
行きたい国のトップももちろん日本。
綺麗でオシャレだというのが1番の理由という。
これを聞いた中国人は「自分の祖先を忘れたのか!」と罵るだろう。
だが、台湾の民衆も本土の人々は「理不尽で横暴」だと思っている。
良いと思うものはほとんどなく、流行に取り入れたいと思える文化もない。

要するに日本のことが心から好きだという気持ちが、募金額に現れたのだろう。
中国本土では歴史的なわだかまりから、台湾のような大々的な募金活動は行われなかった。
だが、中国人がどんなに日本を恨み、震災で被った損害をどんなに喜んでも、台湾の人々の日本に対する思いは抑えられない。

いつまでも台湾の人々を「祖先を忘れた」「敵と味方を取り違えた」と罵っているだけでは何も変わらない。
それよりも、自分たちの社会を少しでも台湾の人々に好きになってもらえるよう努力する方が先ではないだろうか。(翻訳・編集/NN)

●王錦思(ワン・ジンスー)
吉林省出身、北京在住のジャーナリスト。北京大学でメディア学を専攻。日中歴史問題や抗日戦争史を研究課題としている。著書に「日本行、中国更行」。

※本記事は筆者の承諾を得て掲載したものです。





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日台黒潮泳断チャレンジ 2011
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2011/09/17 09:20 【共同通信】
http://www.47news.jp/CN/201109/CN2011091701000137.html

被災地支援に感謝、水泳で台湾へ 男性6人が与那国島を出発


● 出発前に地元の子どもらと記念写真に納まる、台湾に向けて泳ぐ男性たち=17日朝、沖縄県・与那国島

東日本大震災の被災地に義援金を贈るなど支援してくれた台湾の人々に感謝の気持ちを伝えようと、東北3県の知事のメッセージを携えた21~31歳の男性6人が17日朝、水泳で台湾に向けて日本最西端の沖縄県・与那国島を出発した。

台湾の蘇澳までの約110キロを約30分ずつ交代で泳ぐ予定で、医師ら約10人のスタッフが乗った船が伴走した。
台風15号の影響で海が荒れる可能性もあるが、19日朝の到着を目指す。
台湾側から泳いできた約100人が洋上で出迎え、上陸後に歓迎式も開かれる。

ライフセービングの日本選手権で優勝したことがある鈴木一也さん(31)が発起人。


出発したんですね。
天気はどうだろう。
いまのところ平穏のようですね。

18日の朝のtwitterの最新書き込みを2本。
13時間経過で40km通過!
今晩中に半分には到達しそうです。
海は既に真っ暗です。

11時間半35km想定のコースより直線で来ているので、実質の1/4くらいです。
今からご飯です。
船酔いも徐々に回復してきているそうです。
先ほど、フジテレビのニュースでもやっていましたね。

19日の朝のtwitterの最新書き込みを調べてみた。
上記の18日分以降は更新されていない。
何かあったのか。
予定なら、数時間後に台湾に泳ぎ着くはずなのだが。

午後のtwitterに無事台湾についたの報が載っていた。
よかった、おめでとう。


nittaisc profile
nittaisc ご心配おかけして申し訳ございません。途中電波状況が悪化し更新をできなくなっていました。先ほど、全員無事に台湾に到着しました!今もネット環境が安定しないため、後日改めて詳細を報告させていただきます。心配してくださった方々、応援してくださった方々、本当にありがとうございました!!
 ご心配おかけして申し訳ございません。
途中電波状況が悪化し更新をできなくなっていました。
先ほど、全員無事に台湾に到着しました!
今もネット環境が安定しないため、後日改めて詳細を報告させていただきます。
心配してくださった方々、応援してくださった方々、本当にありがとうございました!!




2011/09/19 12:28 【共同通信】
http://www.47news.jp/CN/201109/CN2011091901000254.html

110キロ泳ぎ、台湾に到着 青年6人、震災支援に感謝


● 19日、約110キロを泳ぎ切り、台湾北東部・宜蘭県蘇澳の海岸に到着した鈴木一也さん(前列右から3人目)ら日本人青年6人。
いずれも青い水泳帽(共同)


【蘇澳共同】大震災後、多額の義援金などで支援してくれた台湾の人々への感謝を伝えようと、東北の被災3県知事のメッセージを携え、17日に日本最西端の沖縄県・与那国島を出発した青年6人が19日、約110キロを泳ぎ切り、台湾北東部・宜蘭県蘇澳の海岸に到着した。
台湾側からも100人以上が沖合まで泳いで出迎え、上陸後に宜蘭県政府が歓迎式を開催。

日本側の6人は出発後、約30分ずつ交代で泳ぎ、医師らが乗った船が伴走して、流れの速い黒潮を横断、約50時間かけて到着した。

発起人はライフセービング日本選手権で優勝経験がある神奈川茅ケ崎市の会社員、鈴木一也さん(31)。




毎日.jp 毎日新聞 2011年9月20日 東京朝刊
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20110920ddm041040047000c.html

東日本大震災:「謝謝」伝えに遠泳 6人リレー形式、沖縄・与那国島→台湾110キロ

【蘇澳(台湾東部・宜蘭県)大谷麻由美】東日本大震災の被災地に義援金約200億円を寄せてくれた台湾の人々に日本から泳いで感謝を伝えたい--。
17日早朝、日本最西端の沖縄県・与那国島から泳ぎ始めた日本の男性スイマー6人が19日午前10時(日本時間午前11時)、直線距離約110キロ西の台湾東部・宜蘭県蘇澳港までリレー形式で泳ぎ切った。
発起人の神奈川県茅ケ崎市の会社員、鈴木一也さん(31)は砂浜に上がると「謝謝(ありがとう)台湾」と叫んだ。

元競泳選手で、ライフセービング日本選手権の優勝経験もある鈴木さんは、震災直後にいち早く届けられた台湾からの支援に感激し、思い立った。21~31歳の6人が結集した。

スイマーが持っていたバトンの中には、岩手、宮城、福島3県の知事から台湾の人々にあてたメッセージが入れられ、無事届けられた。

参加した福島県相馬市出身の山田浩平さん(21)=中央大水泳部=は「津波に遭って海を怖がる子供が多いが、海の楽しさを思い出してほしい」と訴えた。







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